馬具は ≪馬具・競馬・スポーツ≫

人類は最初、ウマの肉を食料とし、次に馬を家畜化して運搬用、乗馬用、荷馬用、農耕用として利用するようになった。

その際、ウマを効率よく利用するための道具が馬具である。

馬具の発明や発展の過程を調べてみると、人類文化の進展に大きく関係していることを知ることができる。

乗用馬具を自動車の部分と比較してみると、轡と手綱はハンドルに、鞍は運転席に、鞍の上の人間の腰と膝はアクセルの働きに、そして蹄鉄はじょうぶなタイヤにあたる。

したがって、馬具のなかでもっとも重要なものは轡、手綱と鞍である。

また、轡のほうが鞍より早く発明されている。

一般に馬具といえば、乗馬用のものを思い浮かべるが、そのほかに荷馬、運搬、農耕用などの馬具がある。

人類は、ウマに馬具をつけて、長年月の間、ウマの優れた力を多方面に利用してきた。

しかし、近年はウマのかわりに、自動車、電車、トラクター、航空機などの機械力が使用されるようになり、家畜としてのウマの価値は著しく低下している。

なお、明治以前の日本の乗馬用馬具は、現代では優れた美術工芸品としての価値が高くなっている。

乗馬用馬具のなかで重要なものは頭絡部と鞍部とにある。

洋式馬具の頭絡部には、轡、小勒手綱、大勒手綱、額革、頂革、頬革、咽革、鼻革、マーチンゲールなどがある。

鞍部には鞍のほかに鞍褥、腹帯などがある。

前・後肢には脚保護帯、肢巻、ブーツ、尾には尾巻がある。

東アジアの乗馬用馬具は、中国六朝時代に発達し、ヨーロッパのものより複雑華麗である。

日本には古墳時代中期に中国や朝鮮半島から渡来している。

福岡県の玄界灘の沖ノ島は「海の正倉院」とよばれ、その出土品は、4世紀から9世紀にかけての優れた鞍、雲珠、杏葉、帯金具などの馬具があり、国宝になっている。

5世紀から6世紀になると、日本でも馬具がつくられるようになり、古墳の副葬品になっている。

その後、律令制定により、唐式の飾り馬が用いられた。
update:2010年03月16日